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597.【管理人】

2010年10月08日
我々が、ずっと所有し得る物なんて何もない。

土地を所有していても、
百年後は誰の物だかわからないし、

お金も、すぅーっと通り過ぎて行ちゃうし、

若さも、美貌も、健康もすべて過ぎ去るもの、

命すらそうである。

それらを、財産と呼ぶならば、
我々は、その財産の「所有者」ではない。

その財産を、一時期預かっているだけの
「管理人」なのだ。

所有者ならば、それらを無下(むげ)に扱っても
勝手かもしれない。

しかし、我々は管理を任された「管理人」なのだ。

だから人生で目指すべきは、所有することじゃなく、
上手な管理能力を身につけることである。

自分の人生の賢い管理者になることだ。

財産管理、時間管理、健康管理などなど
管理すべき事柄は様々だ。

私は、その中でも一番大切な管理能力は、
「時間管理能力」だと思う。

それが、すべての管理を分配するからだ。

私はそれが、苦手で困っている。

「時間よ止まれ!」って言っても、止まる訳ないし・・・。

サファーが波を乗りこなすように、
時間の波を上手に(つか)まえて、乗りこなしたいものだ。
 


私は、これらの管理を、
神から任されたものだと信じている。
そして、神は、人生という猶予期間(ゆうよきかん)を与えられた。





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人生の法則 | コメント(4) | トラックバック(1)
コメント
使わさせてもらっているだけ
そうですよね。自分の物など
1つもないですよね。
借りているだけ。
使わさせてもらっているだけ。

時間が短く感じますね~。
時間がほしい。
時間の使い方をもっと
マスターしなくちゃ。

何を猶予されているのか?
久しぶりのコメントです。


> 我々は管理を任された「管理人」なのだ。


私は、人生を使うことを許可された「借人」だと思う。

「借人」といえども、己のことは管理せねばならないが、

「借人」は人生の終焉とともに全てを失うことになる。

「管理人」は「所有者」から解雇されるようとも

己の管理はし続けなければならないため、「管理人」の

職にあろうとも所詮は人生の「借人」である。


> 神は、人生という猶予期間(ゆうよきかん)を与えられた。

何を執行するまでの猶予なのでしょう?

人生とは、生まれてから死ぬまでの期間を指すと思うので、

神はこの世での命を与えると同時に死期も決めているのでしょうか?

だとすると、幼くして亡くなる子供らにとっては猶予も何も

あったものではありませんね。

ご教授お願いします。
Re: 何を猶予されているのか?
あるがままさん、久しぶりです。
次のコメントに関して、私が信じていることを述べさせてくださいね。

> 神は、人生という猶予期間(ゆうよきかん)を与えられた。
> 何を執行するまでの猶予なのでしょう?
> 人生とは、生まれてから死ぬまでの期間を指すと思うので、
> 神はこの世での命を与えると同時に死期も決めているのでしょうか?
> だとすると、幼くして亡くなる子供らにとっては猶予も何も
> あったものではありませんね。

まず、前置きね。
人間は、神の子だけど、神様のように全てを知っているわけではありませんので、悪しからず。
信じているだけですから。

前世という場所があった。
神には、まだ完全じゃない霊の子たち(人間)がいた。
神は、彼らに自分と同じような完全な状態に成長して欲しかった。
霊の状態でもある程度は成長したものの、
完成度が低かった。

それで、その霊に肉体を与えて、
成長する機会を与えようとして、地球を創造した。

「肉体を与えた後、どのようにすれば、人は成長するのか」
との問いを人々に出した。

ある者が進み出た。
その名をルシフェルといい、暁の子と呼ばれた有能な霊(天使)であった。
彼は、言った。
「私をお遣わしください。私は、強制的ではあるが、人間全てに善行をさせ、
全ての人が平和に暮らし、幸せにし、一人たりとも失わず、あなたの元に連れ戻しましょう。
それで、その時には、貴方の栄光を私にも下さい。」

もう一人の者が進み出た。
その名は、イエスと言った。
「私をお遣わしください。私は、彼らに自由意志を与え、彼らが自分の選びによって、
神の戒めに従い、成長するように、模範を示しましょう。貴方の御心がなりますように。」

天の父、すなわち神様は、イエスを遣わすことにした。
神の御心がそこにあったからだ。

ルシフェルは、怒りを示し、
天上では、大きな論争と戦いが起った。
天上の1/3の霊たちは、ルシフェルに従った。

残りの2/3は、イエスに従った。
天上の戦いは、神が決断を下し。

1/3の霊たちは、ルシフェルと共に、
肉体を持たないまま地上に落されてしまった。
地上では、ルシフェルに従う霊たちが、
人間を誘惑する霊としてうごめいている。
ルシフェルは、その名をサタンと言われた。

一方、残りの2/3は、
肉体を持って、この地上で試しの生涯を送ることになった。
現世は、神にお会いする用意の時期となり、猶予の期間となった。
人は、自分の自由意志によって、己の従う者を選ぶようになった。
サタンに従うも、金に従うも、世間に従うも、神に従うも
自分の選んだまま、選んだものに従う人生となる。

また、前世における霊たちには、ある程度の成長の度合いがある。
ある者たちが、ルシフェルに従ったことからも
霊たちにも、様々な成長のレベルや考えの差があったことがわかる。

幼くして亡くなる人々は、
天の身元に行ける高度な霊たちだと言えるかもしれない。
試しの生涯が、短くてよいと、神が判断されたのだから。

世界では、恵まれない地域に生まれる者もいる。
どこで生まれようとも、己の従うものを選ぶしかない。
この世を去ると、霊界に移り、そこでもまた霊の選択が行われる。
まだ、終わりではない。

やがて、この世の終わりが来る。
そして、生きている者も、死んだ者も含めて、
神の最終的な法廷が行われる。
最後の裁きである。
神の裁きは、人生の長短で決めるのではない。
己の自由意志によって、神に従うかどうかで決める。

神は、全ての人を愛し、平等に扱われる。
それは、人間の判断によるものではない。

人は、全ての事を知ることはできない。
しかし、信じることは、できる。
信じれば、生き方が変わる。
ただ、それだけ。
確実に人生が変わる。

人は、自分が信じた通りに生きればいい。

http://www.mormon.jp/

宗教の自由
長文、ありがとうございました。

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