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409.【考え方の変化】

2009年11月01日
悩みの中で袋小路に入ってしまったら、
「考え方を変えればいい!」
と無責任に人は言う。(&私も言う)。

だけど、
「そんなことは、だれだって百も承知!」
「そんなに簡単にできるわけがないだろ!」

と言い返されてしまうだろう。

考えあぐねて、考えがつかずに、
袋小路に入ってしまったのだから・・・。

でも、そう言い返されるのも、承知で、
やはり、抜け道は、考え方の転換にしかない。

じわ~っと徐々に考え方が変化する場合もあれば、
「あはぁ~!」と(ひらめ)きで変化する場合もある。

いずれにしても、
考え方に変化を来たらす何らかの(すべ)を持つ必要がある。

人は、自分の考え方で、自分の人生を切り盛りしているが、
またそれは、余りにも自分に(かたよ)りすぎるので、
ときどき袋小路に入るのだと思う。

自分の考え方以外の価値観を、
ときどき自分に流してみる。
そんなひと時があってもいい。

私の場合、
私以外の価値観でも、自分の人生を送っている。
それが、私の人生を軌道修正してくれる。
それが、信仰というものの果たす役割かもしれない。

「信じない者にならないで、信じる者になりなさい。」
とは、イエスの教えである。

信じない生き方と、信じる生き方、
わたしは、後者の生き方を選んだ。

だから、自分の考え方だけで生きているわけではない。
それが、私自身の強みだと思っている。

神に頼っているのだから、
人からは弱く見えるのかもしれないけども、
わたしの(かたわ)らには、いつもイエス様がいる。

このブログがアップされるころは、
教会で聖餐をとっている頃だろう。
何十年も安息日ごとに繰り返されてきた儀式だ。
安らぎと祝福を感じるひと時である。


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人生の法則 | コメント(1) | トラックバック(0)
コメント
伝えたいこと
「考え方に変化を来たらす何らかの術を持つ必要がある。」

という文で、私が伝えたいことは、
例えどのような信仰だろうと、
どのような宗教だろうと、
また無宗教だろうと、

自分に偏り過ぎる考えに、変化をもたらす何らかの刺激となるもの
例えば、哲学、科学、文学、芸術など・・なんでも
きっかけとなる何かを持つ必要性があると伝えたいのです。

例えば、
物理の法則でもかまいません。
慣性の法則というのがあって、
静止している物は、いつまでも静止し、
動いているものは、いつまでも等速直線運動をします。

その運動が、変化するためには、
外部からなんらかの「力」が加わる必要があります。

それを、考えを変化させるということに当てはめてみると、
外部刺激が必要だということです。
自分の考えの外にあるものを、一旦取り入れてみるという作業です。

この説明で、伝わりますかね。

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