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378.【結論と選択】

2009年09月10日
人生は、選択の連続だ。
多少に関わらず、常に、分かれ道が存在し、
いずれかの道を選ぶ必要がある。

選択した後の結果まで、予想できなくても、
選択するためには、
とにかく、結論を出す必要があるわけだ。

ある道を選ぶには、少しでも確からしい結論を出し、
そして、選択していく。
今回の選択の結果が(かんば)しくなかったら、
次の結論を出すための参考にする。

そうやって、修正しながら、
人生の選択が進められていく。

私は、このブログに選択の参考のために、
いろいろな結論列挙(れっきょ)してきた。

さて、以前
私のブログ記事に、
「初めに、結論ありきの文ですね。」
というコメントが寄せられた事があった。

それは、私も反論の余地が無い。
当たり前といえば、至極(しごく)当たり前。

何故なら、
ブログ記事のアイディアを思いつくときに、
私は、まず日常生活の中から、ある結論を導き出して、
その説明をどうやるか?を考えて記事を書いているのだから。

まず、結論を述べなきゃ、記事が始まらないのだ。

結論が正しいとは言わない。
どんな結論にも、裏表が存在していて、
見方も人によっていろいろである。

ただ、残念なのは、
結論について反論に終始するあまり、
そこから読み取れるものを、
自ら見失ってしまっているということだ。

「海は青い」と言えば、
「曇りの日は、灰色になる」と反論する。

「日本人はやさしい」と言えば、
「毎日起こる刑事事件を知らないのか?」と言う。

反論に執着する態度は、
何かを読み取ろうとする気持ちを見失わせる。

どんな正論だろうと、反論しようとすればできるものだ。

大切なのは、
相手が何を一番言わんとしているのかを
()み取るということだったり、
そこから読み取れる自分なりの真理を
見つけ出すということだ。

学ぼうとする者は、何事からも学べるものだ。

例外は常に存在し、その例外にも例外がある。
裏ばかりを見ていては、表の表情に感動できない。

包容力(ほうようりょく)があれば、自分と全く違う意見からでも、
納得できる部分を見つけ出すことができるものだ。

そうやって、共感することを増やしていくことで、
自らの人生に喜びと深みを増し加えていくのだ。


結論は、正論ではないかもしれない。
しかし、そこから自分の結論を導き出せるきっかけになったりする。
そして、その結論は、自分の選択のための必要条件になる。

私の結論は、私個人のものだから、
大したことはない。
学術論文でもなければ、研究発表でもない。
ただ、気にかけて、
読む人が何かの参考になればいいと思う。

そういう意味では、
批判の意見もその人の結論と言える。
その人の結論に至ったという意味では、
それは、それで良かったと思う。

人は、みな自分なりの結論を持っていると思う。

あなたは、どんな結論をお持ちだろうか?



参考過去記事; 第331話 【肯定系と否定系】、 第208話 【批判】

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人生の法則 | コメント(3) | トラックバック(0)
コメント
今晩は
色んなことに共感出来たら、気持ちの幅も広がるし、
毎日を楽しめると思います。
私は年々、頑なになりつつあります。
もっと柔らかい心を持ちたいです。
Re: 今晩は
固い殻って、自分を守っているようで、
実はもろい場合もあり、
固いと思っていたものが、卵のように割れやすかったりするかもしれないですね。

それなら、しなやかに揺れる草原のような心の方がいいのかもしれないですね。

台風の時に、固い枝は折れても、草はただ揺れているだけです。

どっちがいいんでしょう?
堅く守らなければいけない部分もあると思います。
でも、もっとしなやかでいてもいいんじゃないかと思えるものまで、
こちこちだと、生きづらいと思います。
でも、人の感情って難しいですよね。
心が穏やかでいるというのは、大きな能力かもしれないです。

ぬこさんも、息を抜きながら、さりげなーく、頑張ってくださいね。
まず、上手くいったときの自分を褒めてあげましょうよ。

「もっと柔らかい心を持ちたい」と気付いた、ぬこさん、あなたはえらーい!
まず、そのことに気付きましょう。
勉強になる。
自論と反論との議論の中で、詳しくコメントを寄せた方がいる。
なるほど勉強になるコメントだ。

その方から、教えていただいたのは、
自論と反論の関係の中に、3つのパターンがあって、
一つは、議論の中で新たな結論に至ったり、悟りがあったり、諭されたりというパターン。

もう一つは、自論に固執して、水掛け論になるケース、

そして、もう一つが、相手のあら捜しをする、批判の応酬になるケース。
ということだ。

できれば、最初のパターンで議論が進めばいい。

しかし、人の自論というのは、なかなか変わらないし、
変わるにも、多少の痛みを伴ったり、生みの苦しみがあったりするだろう。

とはいえ、批判はあってもいい。
その批判から学ぶものがあったり、新しいアイディアの展開が得られるかもしれない。
ただ、その場合も、言葉に棘がないように配慮したいものだ。
特にキライなのは、皮肉という表現法だ。

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