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168.【二つの感情】

2008年11月27日
昨日に引き続き、感情と理性と心の話です。
というか、昨日の修正版です。

第144話で、私は心を「卵」に例えてみました。
そのコメントの中で、「あるがまま」さんは、卵を使って、
感情と理性の別のモデルを示しています。
そのモデルでは、理性の中に感情があります。


最近、確かに、あるがままさんのおっしゃるとおり、
理性の中に感情があることを私は実感しました。

でも理性の外側にも感情があると思います。
理性の周りで、空気のようにソフトな感情が
時に激しく、時に軟らかく、
日々、そよいでいるのを感じるのです。
理性に影響を与えつつ、
でも、理性はしっかり保ちつつ。

それで、考えついたのは、
感情には、二つあるということです。

「表層感情」「深層感情」です。

以前のモデルも参考にして、
あるがままさんのモデルも融合させて、
新たな「心のモデル」を作ってみました。


それを考えるに至ったいきさつから説明しますね。

最近の私は、精神的ストレスが、飽和状態(あるいは極限状態)になっていると感じることがあります。

それは、母親を介護しているときです。
母親は、毎日何度となく、発作症状を起こします。あごは持ち上がり、口は開いたまま震え、足は痙攣を起こし、息苦しさを訴えます。1回の発作は2,3時間も続きます。
そんな時は、背中や胸をさすったり、足をマッサージしたりしながら、苦しむ姿を目の当たりにするわけです。首も固まってしまうので、背中側から首あたりをもんで上げます。とても辛い時間です。

その時に、苦しむ母親を「いっそ楽にしてあげたい」という思いに駆られ、手を首の前に持っていく、そんな想像をかき消しながら、介護を続けています。

「楽にしてあげたいのは、母親が苦しいからか?」、あるいは
「苦しむ母親を見る自分が辛いからそう思うのか?」
そんな心の葛藤があるわけです。

そんなストレスいっぱいで帰宅した時、
家族の何気ない一言で、感情が爆発することがありました。

普段、理性的に抑えていても、
あるとき、ある一言が、
膨らんだ風船に針を刺すかのような感じで
感情が爆発するのです。

後で、家族にも申し訳なく思うのですが、
その時は、抑えられないのです。

(そんなとき、ブログは、心を見つめなおすいい機会にもなります。)


自分の体験を通して、
理性の中心部に、その理性さえ吹き飛ばすほどの
感情があることを知りました。

それで、新たな心のモデルを作ってみました。

またまた、心を「地球」に例えてみます。

まず、地球の一番表側、それは、「大気」です。
大気が、「表層感情」にあたります。

大気は、常に動いています。
時には嵐のように、ときにはそよ風のごとく。

表層感情は、心の表面で常に外からの影響を受けつつ、全体を包んでいるのです。

さて、その下にあるのは「地殻あるいは地面」です。
これが、一見硬い「理性」です。
地面は、風の影響を受けつつも、硬く地球(心)を守っています。

その理性という地殻の下に、「マントル」があります。
それが、 「深層感情」です。
普段は、理性の硬い殻の中でゆっくり動いています。

表層感情は、まだ理性の上で吹き荒れる程度の感情です。

しかし、深層感情は、その理性の制御が効かないほどの力を持ちます。
激しい深層感情は、理性の地殻を突き破り、火山活動や地震のように地表を揺れ動かします。感情の爆発は、理性を吹き飛ばすのです。

さて、深層感情であるマントルの中心部に「核」があります。
それは、その人が持っている基本的な「価値観あるいは人生観」だと思います。
これが、中心核になって、人の心を形作っています。

すべての、感情も理性も、中心の価値観を起因としているのではないでしょうか。




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コメント
こんばんは、山川さん

私の考えである”卵に喩えたモデル”を融合して戴いたこと、
嬉しく思っています。
※本文中の”癒合”は”融合”の打ち間違え?と勝手に解釈しました。
 あえて”癒合”とされておりましたら、申し訳ありません。

ただ、私がコメントいたしました”卵に喩えたモデル”は、”心のモデル”と
言うよりも”意識のモデル”と言った方が適切かも知れません。
それは、山川さんのもう一つのブログ『“倖せ”の正体』の
”8.【人間は意識的な生き物】”に通じるものがあると思います。

私は今のところ、”核”に据えるものは老若男女、性別、容姿、文化、宗教、
習慣、・・・、そういったものに左右されない、全ての”人”に共通のものと
考えているため、”核は心である”と思っています。
「あるがまま」さんコメントありがとうございます。

ご指摘ありがとうございます。
「融合」でしたので、訂正しましたよ。
気付きませんでした。

私は、「心」と「意識」をあまり区別せずに使ってます。あるときは「心」と言い、あるときは「意識」と使ったりしています。

意識も心も、言葉が重要な要素だと思うのですが、心には、言葉にならない感情というのも存在しますね。

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