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161.【失敗を受け入れる】

2008年11月19日
最近は、ひき逃げが続出している。
最初の失敗を、隠そうとして、
更なる罪を犯すというパターンである。

冷静に考えると全く得にならない行動。

企業だって同じようなことを繰り返す。
最初の失敗を隠蔽したために、
倒産の危機に陥るくらい、社会の信用を無くしている。

もちろん、正々堂々と生きて、
失敗の原因を作らないに越したことはない、
しかし、生きている限り失敗は誰にでもある。

人の信頼を勝ち得る評価は、
その失敗の対処の仕方にある。


どうやら、
そのキーポイントは、最初の態度である。

失敗したら、たいてい誰でもうろたえる。
うろたえると正しい判断を誤る場合もある。

そうならないためには、
普段から常に「覚悟」を決めて、
生活することだと思う。

最初の失敗を、受け入れる覚悟である。

失敗は、マイナスかもしれないが、
そこから立ち直るチャンスはいくらでもある。

逃げ出せば、そのチャンスが遠のくばかりか
さらなる失敗を上乗せすることになり、
立ち直ることが難しくなる。

「何か失敗した」⇒「もうお終いだ!」
結論が早すぎる。

逆に、「お終いにして、再スタートだ!」
次の目標設定をすると立ち直りが早い。

「失敗を認めない!」という態度が、
隠蔽に繋がる可能性がある。
完全主義的思いが、パニックに繋がるからだ。

「失敗を受け入れる」という態度は、
ゆるいと思われるかもしれないが、
実は、人間らしい判断は、そのゆとりから生まれる。

家族関係、人間関係、恋愛関係、親子関係
全部に当てはまると思う。
「少しゆるいんじゃないの!」というくらいが
人間らしさを醸し出す態度かもしれない。

「ゆるい」「ゆとり」が「正しい判断」をもたらし、
「ゆるさ」がもたらす心の「ゆとり」の隙間に
「失敗」を取り入れる「余裕」があるのである。


言ってて、だんだん意味わかんなくなるね~(((((^_^;



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人生の法則 | コメント(1) | トラックバック(0)
コメント
「失敗」ではなく、「過ち」の方が適当ではないかとのご指摘がありました。
確かにそうですね。

ここで私は、「失敗」=「過ち」という意味で使ってますね。

言葉には、対義語があって、それを常に意識して使っているかと言えば、そうではないですね。
なぜなら、言葉は生き物であるので、実は狭い意味だけを持っているわけではないからです。
例えば、辞書で「失敗」の意味は、
「やりそこなうこと。目的を果たせないこと。予期した効果をあげられないこと。しくじり。」
と書いてあります。

一方、「過ち」の意味は、
「やりそこなうこと。間違い。失敗。過失。あやまり。」
と書いてあります。
そう、過ちは失敗という意味でもあるのです。

言葉を広く捉えると、受け手しだいで意味合いが多少変化してしまうということもあり、そこに誤解が生じる可能性を秘めていますね。

また、逆に、言葉を狭い意味だけで捉えていても、文の真意を誤解する場合があったりします。

だから、全体の文体や、表現や、雰囲気を読み取るということが必要なのかもしれないですね。

反対語というのは、意識しなかったな~。
普通の意味合いで、「こうも言う」みたいな感じで使ってました。

これからは、多少反対語も意識してみたいと思いますが、言葉はその時の感性ですから、
その言葉が、気持ちにぴったりってこともありますね。

今回は、あえて「過ち」ではなく「失敗」としたいのは、みんな「成功」を目指して頑張っているという事の対比として、「失敗」という言葉の方がふさわしいかと感じたわけです。
でも、こんなに深く考えて、言葉を選んだわけではないんですが、深く、考えると、この方がしっくりくるっていうことです。

文体って、流れですから、言葉を長く説明すると、逆に真意が伝わりにくいってこともあると思います。

短歌や俳句が、短いがゆえに、読む人の感性に訴えるものがあるように、文章にも同じようなことがいえるのかもしれないですね。

学術書などは、誤解がないようにしないといけないと思いますが・・・

その時の感性は、言葉を気持ちや音で選んでいる要素もあると思います。

できるだけ、誤解を生じないようにはしたいですけど、言葉の意味合いの広さも感じていたいと思います。

考える機会をもらいました。ありがとうございました。

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