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160.【老後の憂い】

2008年11月18日
母親を介護していて思うことがある。

今まで、いくつかの施設にお世話になった。
デイサービス、ショートステイ、病院と、
いろいろ利用してわかったこともある。

施設というのは、 ハードで決まるのではなく、
そこに働いている職員の、 ハートで決まる。

でも、どこに行っても、いい職員もいれば、
そうでない職員もいることは確かである。

いい職員は、対象者を、一人の人間として敬い扱う。
そうでない職員は、作業の対象者として扱う。

例えば、50人の入院患者がいる場合。
患者が何度もナースコールで呼ぶ場合がある。

心あるスタッフは、何度も優しく対応している。

そうでない職員は、明らかに嫌そうに怒って言う。
「もー何で何回も呼ぶの?」
「あんた一人が患者じゃないんだよ!」

そう、その人にとっては、1/50の患者なのである。

でも、
患者本人は、あくまで1/1の人格を持っている。

だから、母親の希望は、
やはり家族に介護されたいということである。
それで、私は毎日病院に通うことになった。

そんなとき、母親に私は冗談交じりに言う。
「母ちゃんは、いい息子がいて良かったねー。」

というのも、自分達は、子供達に介護のことを
何も期待していないし、そういうつもりもない。
だから、病院でも施設でもどこでも行く覚悟である。

優しい家族に、最後を看取られるのは幸せかもしれない。
しかし、核家族化でそれがだんだん難しくなっている現状である。

世の旦那様方は、勝手に自分が先に逝くと思っている。
だから、妻に介護してもらえばいいと考えているのかもしれない。

しかし、これはいささか虫が良すぎる。
南田洋子さん夫妻も、介護しているのは夫である。
それでも、優しい夫であれば、幸せかもしれない。

世の夫も、覚悟を決めなければならないと思う。

そう考えると、先に倒れた方が、幸せともいえる。
伴侶に介護してもらえるからだ。

残された片割れは、誰にも介護されず、
施設のお世話になり、悲しい思いをするかもしれない。


さて、そこで私の憂いが生じた。
私は、いつ倒れてもいい覚悟ができている。
先に、倒れれは、苦労するのは妻で、
私は、幸せに世を去っていけるかもしれない。

しかし、残された妻のことが、心配になってきた。
元気なうちはいいのだけれど、介護状態になったら、
今の母のように病院や施設にお世話になるかもしれない。
子供達は当てにしてない。彼らには彼らの生活がある。

そうすると、今から妻に覚悟をさせておかなければ、
辛い末期を迎えることになる。

望むわけじゃないが、妻が先に倒れれば、
自分が手厚い介護をするつもりである。
それだと安心でもある。

あー、これが、老後に抱く私の憂いである。

私自身は、どちらでも覚悟ができているつもり、
妻にも、そのような覚悟を決めてもらわなければ
安心して死ねない、そう思うこの頃である。




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